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私がメキシコに来た理由 2

前にこんな記事を大昔のブログから引っ張ってきました。

今回はちょっと個人的なお話を。 偶然、私がメキシコに来た経緯をまだ生々しく語れる時代に書いたものを発見して、懐かしくなったので、ここにも張...

これは私がメキシコに海外就職して移住する前の話、初めてメキシコに旅行で来たとき(来る前)、まだメキシコに移住する前のお話です。

関係ないようですが、このことがなかったら今もメキシコに住んでいないかもしれません。ということは、3人の子供たちとも会っていなかったんだなぁ。

そう思うと、感覚と思い付きだけで生きてきた昔の私に感謝ですわ!

 

【注意】

以下の内容は、当時、メキシコに海外就職・移住して1年したころに綴ったものを少し加筆修正したものの続きです。当時は母とあまりうまくいっていなかったので、母のことを少し(?)悪いように書いています。笑 書き直そうかと思いましたが、当日の正直な気持ちなのでそのままにしようと思います。

この数年後、色々独学ながら心について勉強し母に対しての気持ちを浄化したので、今は母との関係はとても良好です。笑

相手に分からせようとするのでなく、自分を深く理解することで、話し合いをせずとも、自分が悪いなんて思っていなかったのに、自分から悪霊が抜けていくように、今まで握りしてていたものがスーーーっと浄化した瞬間でした。

 

メキシコに行きたかったわけじゃない、グアテマラに行きたかったのだ

 

大学で芸術学部を卒業した後も、在学中に受験したJICAの青年海外協力隊(厳密には日系社会青年ボランティアだけに絞って受験)をまた受けるが不採用。

面接で試験管のコメントに内心憤慨しながらも、自力で旅に出る!と決めれたのだから、のちに今の私の人生につながるということは、その瞬間、「良い」「悪い」と思うこともあとから見てみて、すべて良い結果に向かうためなのだと思うことがある。

 

・・・・

 

数ヶ月間、朝から晩までがむしゃらにバイトを複数こなし、ヘロヘロになり、母親に毎日遊び惚けてると引っ叩かれても、貯金の鬼と化した私は、通帳にお金が貯まっていくのが快感だった。

行き先はどこへでも♪

私は当時バイブルがあって「海外脱出計画」のような、世界の都市や地域がどんな物価なのか、治安は、働き口は、みないなことがイラストで描かれてある本を穴が空くほど読み漁っていた。(20年前以上の本で、また見てみたいと思い、探してみたけどタイトルも思い出せなく探し出せなかった・・。誰か知ってる人いないかなー・・)

そのバイブル片手に、どこへ行くかを毎日考える時間が至福の時だった。

そのなかで気になった国がグァテマラ。

よく「なんでグアテマラ?」って聞かれるけど、

 

理由は、物価が安くて、そしてグァテマラ人が「のんびりラテン系」って何かに書いてあって、なぜか一言になぜかとても惹かれた。

「のんびりラテン系ってなんだぁ?!」

その頃、ラテン系ってのはシャカシャカ踊ってワイワイしてるイメージしかなかったので、
「なんでラテンがのんびりしてんだよぉぉ?!」

って気になって気になって、

それではこの目で見てみよう!

ってことでグァテマラ行きが決まった。たったそれだけの理由。笑

あとは物価も安いらしいから長く滞在できるかなという思いもあった。

 

その頃はメキシコなんて念頭になく、メキシコの下に位置するグァテマラにしか興味がなかった。

 

でも、本当はメキシコに興味がなかったというのは嘘かもしれない。

興味はあったけど、メキシコは凶悪犯罪都市とか、日本人が強盗に襲われてお金を持ち合わせてなかったので、腹いせに耳を切られたとか、腕時計欲しさに腕ごと切られたとかって何かで読んで、ホントかウソか分からないけど、「メキシコは恐い」って印象があった。

ちなみに、今住んでるカンクンは「働くところじゃない」って私のバイブルには書いてあった。笑

 

私の人生を変えたキーパーソン。私に危ない道を進めた旅行会社の男性。

 

当時は航空券は旅行会社で買うのが主流だった。ツアーもそう。そしてすごく待たされる。

グアテマラ行きの旅券を買いに旅行会社を訪ねると、ひとりの男性が私の担当についた。

「グァテマラ行きを考えてる」と伝えると色々調べてくれたが、どうやら「グアテマラまで飛ぶより、メキシコで降りてグアテマラまで陸路で行くほうが安い」と。

 

そうか、メキシコまでの航空券のほうが安いのか・・。

でもメキシコって凶悪犯罪都市やんねぇ・・・。

今までの海外経験は、スペイン、ベトナム、韓国だったけど、どれも友達と行ってひとりじゃなかった。

今回は初の海外ひとり旅。

 

あ、でも地図でみるとなんだか近い?

いえいえ、カンクンから国境までまず遠い。普通に遠い。笑

そしてスペイン語はおろか、英語も分からんのに、どうやってメキシコ-グァテマラ間の国境を陸路で渡るんだ。

違う、まずメキシコからベリーズの国境をくぐり、ベリーズ横断してからグアテマラに入国するんだ。

だいたい国境ってなに?線?どう渡るの?

極度の方向音痴な私にできるのか・・・。

 

いろいろいろいろ尽きない心配はあったが、この担当してくれた男性がメキシコひとり旅経験者(バックパッカー)だったので、それに押され、どうせ行くならメキシコから入るか・・・。

うん!なんだかワクワクしてきた!!

「メキシコ カンクンまでの航空券ください!」

 

ということで、後の後にそこ(カンクン)で初めての就職をし、結婚して3人の子供を産むなんてハタチくらいだった私は夢にも思わず、カンクン行きのチケットを買った。

【往路】成田-ダラス(乗り換え)-ニューオーリンズ(1日遊ぶ)-ダラス-カンクン
【復路】メキシコシティ-成田

3ヶ月のFIX/OPENの旅券を出発日ぎりぎりに買った。

親には出発2週間を切ったころに報告した。バックパッカー用の大きなリュックを買う必要があったので、もう隠し通せない。

ちなみに私が買った初めてのバックパックはMillet(ミレー)のこんな感じのとても綺麗な色。他のバックパックにないニュアンスのブルーでさすがフランスのメーカーだ!と思ったものです。笑

形はこんな感じ↓


【MILLET】ミレー  MOUNT SHASTA マウントシャスタ
もう昔に買ったので同じものは見つけれなかったけど、大きさ(容量)は50リットル前後くらいのだったかな?
とりあえず、このセパレートタイプが後々すごく便利なことに気付いて良い選択したと思った↑

 

母への告白。計画は絶対阻止されてはいけないので、人生最大の嘘をついて旅に出る

 

私はまずは母に旅のことを話した。父には母から話してもらおうと思った。

「私はグァテマラに行って参ります。スペイン語の語学学校に通い、ホームスティします。全てネットで申し込んで学校も決まって、空港についたら迎えも来てくれ、そのままホームスティ先に向かいます。グアテマラまでの航空券もすでに購入し、学校のお金も支払ったので後には引けません。」

と告げた。

・・・・って、

これ、、、グァテマラ行くってこと以外、架空の話。

人生最大の大嘘をつきました。

 

何故ここまで大嘘をついたかというと、親に阻止されるのを恐れたから。

親、特に母親は昔からとても厳しく、「アレはだめ!コレもだめ!無理、アンタにはできん!」と言われてて抑圧されてきた。

もちろん、年頃になった私は反抗期を迎え悪態ついたり暴言吐いたりしたが、それでもいつも母親には心のどこかで「お母さんに怒られる」って怯えてた。

でも、この旅だけは絶対阻止されたくなかった。

グァテマラ行きを突然告げられた母は、思いのほかめちゃくちゃには反対せず、「あ、なんだ・・」って気が抜けた気がした。

 

しかし後日、

「大体アンタはなんで行くん!しかもヨーロッパとかならともかく、グァテマラなんて名も知れんようなとこに!ウチは芸術家肌の家系でもないし、突拍子もないようなことする親戚は出してないのに!」

なんてことを言ってくるので、

抑圧されてひねくれちゃってた私は

「そんなに娘がグァテマラ行くって言うのがよそ様に恥ずかしいなら、娘はおフランスに行きました。とでも言えばいいじゃないかぁぁぁ!!」

と、よくわけの分からないことを言い返すと、

「そんな問題じゃなぁぁぁぁいっ!!!」

と、肩を落とし泣いた。

いや、泣き笑った・・・。気がする。。

心配性な母は、「心配」という表現は「怒る」という表現でしかしなかったので、

私にとっては「心配されるというのは迷惑なもの。また怒られる」としか考えられなかった。いやそれ以前に、それを「心配されてる」とは思ったことがなかった。

 

話は逸れるが、子供の頃、下駄を履いて自転車に乗って遊んでいた。(いつの時代!?)

細いカーブを曲がるとき足の指をブロックに思い切りぶつけて爪が剥がれた。

剥げた爪が、ぶらんぶらんして、それはそれは痛かった。

ニュースで看護婦さんが痴呆症の患者さんに爪をはがしたりして虐待した事件があったが、コメンテーターが「爪を剥がされるのは金キリ声をだして飛び上がるほど苦痛なもの」と言っていた。

それほど私も痛かった。

子どもの私は、周りに親も他の大人もいなかったので、泣いて助けを呼ぶしか手がなかった。

泣き声をききつけたお母さんは、血相を変えて駆けつけた。

そして

「うるさーーーーいっっ!!!!」

と私に怒鳴りつけた。

(ううぅ。私、爪が剥げてこんなに血がでてるのに・・・。涙)

それからあるとき、小学校へ登校途中、雨で下水溝の金蓋が滑りやすくなったところで、どんくさい私はまんまと私は足を滑らせた。

ツルっと滑っただけだったが、以前に転んで作ったヒザの瘡蓋(かさぶた)部分をぶつけ、なぜかそこがパックリ割れて血がドクドク出て、ヒザの骨か皿か分からないが白いものが見えた。(今思えばあの白いのは、脂肪だったのかな?)

また泣くしかないので、誰か気付いてくれとばかりに大声で泣いた。

お母さんが血相を変えてやってきた。

そして、私に向かって、

「うるさい!!!ぎゃーぎゃー泣きやがって!!!」

と叫んだ。

子どもながらに、こんなに血がでてるのに・・・。ヒザからなにか見えてるよぉぉぉ。

わたしゃどうすりゃ良かったんだ。

と思った。

熱がでて学校を早退しても怒られるし。

そんなことを、私は大人になっても「あのときは酷(ひど)かった!!」と思いつつも、ちょっと面白いので、友達の間のネタ話として披露するようなたくましくて、いい子に育った。(え?)

大人になってお母さんに聞いてみた。

「あのときお母さん酷かったよね~。骨みえてんのに、ウルサイ!!って怒るんやもん。」

すると、お母さんは、

「お母さんも恐かったんよ~。だって白いものが見えてるんやもん。」

って・・・・。

おいおいおいおい。笑

このときお母さんは、心配すると怒るんだ。そういうひとなんだぁ。

って大人になって分かった。

あのときはすごく悲しかったけど、

そういうお母さんも、ちょっとかわいいな。

って思えるようになってた。

ああ、話がちっとも「メキシコに来た理由」まで辿りつかない。

でも、こうやって回り道しながら書いてると、いま私がここにあるのは、今までの全てのことが重なってこうなったことなのかなって思っとります。

 

 

また続く。

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